米津玄師の新曲『Azalea』がすごくいい。体が自然と揺れるような心地よさがあり、何回聴いても飽きません。最近はこの曲ばかりリピートしています。編曲は、米津玄師の最新アルバム『LOST CORNER』に収録されたジョージアのCMソング『毎日』にも参加したYaffleが手掛けています。
『Azalea』のMVは全体的に暗いショットが多いですが、その中に鮮やかな色彩が際立っています。日常と非日常、現実と夢を行き来するような不思議な感覚を得られる仕上がりで、何度も観たくなる魅力があります。MVを手掛けたのはフィルムディレクターの山口祐果。CMやMVをたくさん手掛けている方で、色彩や光の使い方が好きです。今回の作品でも、その持ち味が活かされています。YUKA YAMAGUCHI|FILM WORK
曲中の蛍光灯の音がいい
曲の冒頭では蛍光灯のような音が聞こえます。「カチカチ」なのか「チリチリ」なのか表現が難しい特有の音が心地よく、それに続いて、蛍光灯の命が尽きるような「ジーー」という不穏な音も含まれています。MVでは、明滅する蛍光灯のシーンが冒頭とラストに使われており、非常に印象的で、この曲の世界観を象徴する要素として際立っています。
普段まったく気にすることのない蛍光灯の音ですが、『Azalea』の中では、耳心地の良い特別な響きに感じられます。試しに、家にある唯一の蛍光灯であるキッチンの明かりをつけてみると、確かに曲の中で聞こえる心地よい音が実際に耳に響いてきました。そして、その音がきっかけとなり、いつかの断片的な記憶がよみがえりました。
蛍光灯の音の記憶と記録
実家の寝室の、ひもを下に引っ張るタイプの蛍光灯の天井照明のそのひもが、寝た姿勢でも扱えるようにと延長されていって、最終的には床にべったりついていたこと。田舎の祖父母の家で皆が寝静まったあと、無音に近い真夜中の台所で壁の照明スイッチを入れると「チリチリ」と明滅した青白い光に照らされた雑然としたテーブルや、ふいに発見したカマドウマの異様な佇まいに恐怖したことなどです。
これらは決して良い思い出というわけではありませんが、音楽の中の特定の音が過去の記憶を掘り起こすという体験は普段あまりなく、その分、この曲が個人的に非常に印象的な存在となりました。
音楽を通じて「日常の音」を再解釈し、その音に新たな美しさや意味を見出すことは、米津玄師のアプローチの特徴でもあると言えるかもしれません。たとえば、最新アルバムの『LOST CORNER』収録曲『死神』では、足音やろうそくの火を吹き消す音といった日常的な音が巧みに取り入れられていました。
『Azalea』に取り入れられた蛍光灯の音は、普段は意識されない日常的な音ですが、楽曲の中では特別な存在として耳に残ります。この再解釈は、日常に潜む感情や記憶を呼び覚ますだけでなく、音楽の持つ豊かな可能性を感じさせてくれます。
ところで、2027年内には環境保護とエネルギー効率の観点から、欧州や日本を含む多くの国で蛍光灯の製造及び輸出入が禁止される予定です。この変化はゆっくりと進むため、普段は気づかないかもしれませんが、ふとした瞬間に失われた音や風景を懐かしく思い出すことがあるかもしれません。『Azalea』で蛍光灯の音を改めて耳にしたときのように。
いずれ失われる運命の蛍光灯の音ですが、ネット上ではこの音に特別な意味を見出した人々の手によって、しっかりと記録されています。YouTubeを探してみると、蛍光灯の音をテーマにしたユニークな動画をいくつか見つけました。
1つ目は、私の実家にあった天井照明から聞こえるような懐かしい音を記録したものでした。2つ目は、効果音を販売する企業が制作した動画で、蛍光灯の音だけを使った短い音楽のように聞こえます。そして3つ目は「蛍光灯バンド」という日本のバンドの楽曲です。このバンドは蛍光灯を楽器やパフォーマンスに取り入れており、2013年にはフジロックにも出演した経験があるようです。
『Azalea』が描く距離感
『Azalea』は、歌詞を含めて「距離」をテーマにしているように感じられます。「触る」「撫でる」「抱く」といった身体的な近さを想起させる表現や、心臓の音が聞こえるほどの親密さを描く一方で、「好きだった」という過去形の言葉が、二度と触れられない遠さを暗示しています。この近さと遠さの対比は、まるで触れることのできない過去と、それに引き寄せられる現在の感情が交錯するようです。
さらに、曲中で聞こえる蛍光灯の無機質な音が、心理的な距離感を象徴しています。蛍光灯の「カチカチ」や「ジーー」という音にはどこか冷たさがありつつも、生活感や日常の音という意味では、非常に身近な存在です。この音が持つ無機質でありながら日常的な質感が、夜の都市が持つ孤独や隔たり、そして私たちの日常に潜む「近さ」と「遠さ」を絶妙に表現しています。蛍光灯の音を取り入れることで、楽曲全体のテーマである「距離」の幅をさらに広げているように感じられます。
この「近いけれど遠い」という感覚は、私たちが記憶に対して抱く矛盾した感覚とも似ているのではないでしょうか。記憶は、常にアクセス可能な近さを持つ一方で、その詳細や感覚は再現できないため、心理的な遠さを伴います。『Azalea』の距離感は、この矛盾した記憶の性質を見事に反映していると言えます。この曲における距離のテーマは、こうした記憶の特性と深く結びついており、曲を聴く人に自身の心の中にある「触れられないもの」と向き合わせるような力を持っているように感じられます。
『さよならのつづき』の主題歌としての『Azalea』
この曲は、有村架純と坂口健太郎主演のネットフリックスドラマ『さよならのつづき』の主題歌として書き下ろされました。ドラマは、恋人を事故で失った女性と、その恋人の心臓を移植された男性が出会う物語。心臓移植という生と死の狭間で生まれる特別な繋がりが描かれています。
この繋がりは非常に親密で、物理的には「心臓」という命そのものが受け継がれる近さを持っていますが、それと同時に、失われた恋人という二度と触れることのできない「遠さ」も伴います。この「近いけれど遠い」という矛盾した感覚は、『Azalea』の歌詞に深く共鳴しています。
それにしても、この楽曲の中毒性は圧倒的です。ドラマのエンディングとして全8話で聴くたびに、その新鮮さと深みが増していくようでした。1日でドラマを見終えたため、最低でも8回はこの曲を聴きましたが、全く飽きることなく、むしろ聴くたびにこの楽曲に触れられる喜びを感じました。
米津玄師のタイアップ作品の魅力
米津玄師の楽曲にはタイアップ作品が多く、最新アルバム『LOST CORNER』でも20曲中半分が映画やアニメなど様々な作品のために書き下ろされています。彼のタイアップ楽曲はどれも独自性が際立ち、単なる付随的な作品ではなく、その作品に不可欠な要素としての強度を備えているのが特徴です。
彼は音楽ナタリーの取材(米津玄師「Azalea」インタビュー|愛情ってなんだろう “変化の中にある連続”を見つめて –)の中でタイアップで音楽を製作することについて聞かれています。タイアップを通じて他者との共通点や相違点を模索し、調和点を見つける過程が、人との関係性と似ていると感じているそうです。
他者との関係性の数だけ新たな作品が生まれると考えると、米津玄師の創作の可能性は無限に広がっているように思えます。その多彩なアプローチは聴くたびに新鮮で、次にどんな楽曲を届けてくれるのか、期待が膨らむばかりです。新曲がリリースされたばかりにもかかわらず、すでに次の作品が待ち遠しく感じます。
Comment